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第2話・会ってみない? その6

Author: さぶれ
last update Last Updated: 2025-04-19 23:00:57

 へこむ気持ちにふたをして、大林先生と一緒に遊んでいる子を見た。予想どお残っている子は三崎竜(みさきりゅう)君で、私の担任するそら組の子供のひとりだった。

 彼のお母さんはいつもお迎えの時間が遅い。午後七時前に迎えがあった事はほとんどない。というのも、ホテルのレストランでお仕事をされているらしく、この時間は食事時で忙しいようで、思うように帰ることができないのだとか。

 お迎えが七時半を過ぎる事は日常茶飯事だが、シングルマザーだと聞いているので、あまり強く言えない。

 私はクラス担任なので、勤務時間が午前八時から午後五時までと決まっている。預かり保育の子供たちを最後の七時まで持つことは時間的に園が許可できないため、私は最後まで残った事は無い。

 なので聞くところによると、お母さんはいつも申し訳なさそうに迎えに来るらしい。こちらも『いつでもいいよ』と言ってあげたいけれど、夜間保育が充実しているわけでもなく、二十四時間体制の保育園でもないのだ。

 さくら幼稚園は、あくまでも認定こども園

(※認定こども園とは・・・・内閣府が認可した施設で、保育園は「両親が共働きなどで日中子どもを保育できない時に預かってくれる場所」、幼稚園は「教育の補助等を含め、任意で小学校に入学するまで通う場所」となる。 認定こども園は、幼稚園と保育園が一体になった施設であるため、内閣府が4~11時間の間で保育を認めている。この間で園の定めた時間を保育可能とされている。1号・2号・3号認定の子供が通えて、保育料も収入によって変動する)

 であるため、それ以上の保育サポートは体制が整っていない・定められた保育時間を超過してしまうため、手を貸す事が出来ない。

 それをしてしまうと、結局私達職員の肩にその負担がのしかかる。現に目の前の大林先生がそうだ。本当ならもう帰宅準備ができる筈なのに、それができない。

 幼稚園勤務がブラックだと言われてしまうのは、給料が薄給であり、常に職員が不足している。更に保護者との密な関り・人間関係も様々であり、複雑である。そして勤務時間も長い。土日は休めるが交代制で、運動会や音楽会等が入れば絶対に休めない。それが、ブラックだと言われてしまう所以(ゆえん)であるのは否めない。

 幼稚園はブラック企業ではないのに。子供たちを教え、一緒になって成長できるのは、なににも代えがたい喜びなのに。

 ただ、本来の仕事だけでなく、雑務も多いのは事実。さくら幼稚園はクリーンな園なので働きやすいが、今日のように予期せぬ残業が入ってしまう事もある。

 大林先生の手伝いをしたいのはやまやまだけれど、勤務時間はとうに過ぎている。お先に失礼しますと告げ、タイムカード代わりのICカードを専用の機械にタッチさせ、退勤記録を付けてから園を出た。

 ノー残業を目指しているが、現状不可である。でも、徹底しないと指導が入ってしまう。

 それを避けるため、残業した場合は必ず理由を提出するように園は徹底している。明日、今日の残業の理由を書かなければならない。これがまた面倒…。はあ、キツいなぁ。

――年齢も年齢だし、辞め時なのかな。

 羽鳥さんを担任した先生は、みんな病んでいく。私は絶対に辞めないぞと意気込んでいた四月から、まだたった二か月しか経っていないのにこのザマだ。

 まさか王冠の上に付いている玉の大きさが0.3mm違うと、鬼の剣幕で責められ、叱られるとは思わなかった。本当にモンスターだと思う。あの気がふれたように怒鳴られると、みんな委縮してしまうのだ。誰も彼女に言い返せない。

 それに、園児の母親と喧嘩を避けたいと思う教員の立場は、非常に弱いもの。

 帰り道はすっかり暗くなっていた。六月だから蒸し暑さが増してきて、生暖かい空気が半袖から伸び出た素肌にまとわりつく。不愉快とまではいかなくとも、気分のいいものではない。

 ふと空を見ると月が昇っていて、暗い闇が訪れかけている空にほんのりと灯りを点していた。それを見ていると何だか訳も無くやるせなくなって、涙が滲んだ。

 家に帰っても一人。ただ、孤独が待っているだけ。

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     「え――っ、ありえなくないですか!?」  月曜日の朝、園に着いてすぐ開口一発。理世ちゃんの文句から始まった。  それは、彼女に日曜日のこと――つまり、I.Nさんが待ち合わせに来なくてゆうた君とデートすることになったと伝えたからだ。「まさかのブッチですか。信じられないっ」 理世ちゃんがめちゃくちゃ憤慨している。「眞子先輩。ちょっとその男のプロフ、見せて頂いてもいいですか!?」「これなんだけど」 ものすごい剣幕なので、私は断れずにLove Seaアプリを開いて理世ちゃんに渡した。「あ――っ、やっぱり!」「どうしたの?」「I.Nさん、アプリ退会してます。急なブッチしたりする人ってワケアリが多いんですよ」「ワケアリ?」「ええ。例えば、奥さんや彼女がいるのに出会い目的で独身と偽ってアプリを利用して、それが伴侶にバレるパターン。それはもう、強制終了ですよ」「きょ、強制終了…」 それは、離婚や別れが待っているということね。「退会までやっているので、今回の場合は違うと思いますが、こういう人もいます。待ち合わせした女性が好みじゃ無かったら、平気でブッチしちゃうんです。あ、眞子先輩は綺麗だから、絶対大丈夫ですけど!」「そっかぁ。やっぱりアプリで素性の知らない人っていうのは、怖いんだね」 胆に銘じておこう。「すぐ退会する人って、意外に自分のSNSの方で連絡ができるようにしているから、多分連絡先突き止められると思うんですよ。ちょっと待っていて下さいね」 理世ちゃんは自分のスマートフォンを取り出し、スゴイ勢いで画面を打ち始めた。トトトト、タタタタ、と画面を高速タップする様子がすごい。一体何をしているのだろうかと、彼女が見せる百面相を近くで見守った。「先輩、I.Nさんってこの人ですか?」 やがてなにか見つけたらしく、画面を差し出して来た。「あっ! そう! この人

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     彼は私の容姿を知らないけれど、私は彼の容姿を知っている。ああやって手を振っていれば、きっと私が見つけてくれると思っての事だろう。「ゆうた君!」 私は彼に駆け寄り、挨拶した。「Mです、初めまして。今日は誘ってくれてありがとう」「えっ。君が、Mちゃん?」 ゆうた君が目を丸くした。「うん、そうだよ」 初対面の人と会ってお話するなんて生まれて初めての事だから、ドキドキして目線を少し伏せた。気恥ずかしくてまともに顔を見ることができない。「Mちゃん、すげー綺麗でびっくりした! ラッキーって言っていいのかな?」 笑いながらそう言ってくれたので、思わず顔を上げて見ると満面の笑みのゆうた君がいた。 プロフィール画像そのままだ。ふわふわと柔らかそうな手触りの髪の毛、くりっと大きな目、人懐っこそうな雰囲気、そのまま。偽りなく登録し、嘘をつかない正直な人なのだと思った。「じゃ、行こう!」 先ずは腹ごしらえだよね、と、連れて来てくれたのは、何とスカイツリーの近くにあるムーミンカフェだ!「可愛いー♡」 思わずハートマークを語尾に付けてしまう程、店内はムーミンで溢れていた。 入る前からお洒落な店舗外観、溢れるムーミングッズ、壁一面に描かれたムーミンの仲間たち! レイクタウンアウトレット駅でI.Nさんと待ち合わせていた時とは雲泥の差のテンションになり、笑顔が弾けた。「急いで予約したんだけど、早い時間だから空いててすんなり入れて良かったよ」 わざわざ予約してくれたんだ、と急な約束だったのに、ちゃんとエスコートしてくれようとする気持ちが嬉しかった。 現在午前十一時を少し過ぎた所だ。一時間前の悲しい気持ちから一転、ゆうた君のお陰で楽しい気持ちになった。ホント、彼に感謝!「Mちゃん何食べる?」「――あの、眞子です。Mじゃなくて、清川眞子と言います」 名前を知って欲しくてつい名乗ってしまった。…いいよね。ゆうた君、いい人だもん。「そ

  • 婚活アプリで始まる危険な恋 ~シンデレラは謎深き王に溺愛される~   第3話・まさかの… その1

     瞬く間に時は過ぎ、一週間なんてあっという間に経ってしまった。今日はI.Nさんとの約束の日。埼玉県越谷市まで東京都足立区から出向く。うーん、やっぱり遠い!  電車に揺られ、予め調べておいた乗り換えアプリで最短移動手段を反芻しながら、約束の十分前にレイクタウンアウトレット駅改札口へ到着。  私の目印は、白のレースのフリルトップスに、黒基調の小花柄のロングスカート、黒のサンダル、ブラウンのリボンが付いた大きめのカゴバックだと伝えてある。見れば解ると思うんだけどな。 Love Seaアプリを開いて、到着しました、と送った。I.Nさんは黒の七分丈のテーラードジャケット、白のカットソーにベージュのパンツを合わせた服装で行くと言っていた。お洒落カジュアルな感じかな。どんな人なのか、待ち合わせの時間が刻一刻と迫る度に、ドキドキと胸が高鳴る。 初めて会う人だけれど、自撮りの写真通り素敵な人なのかな?  犬好きみたいだけれど、会話、ちゃんとついていけるかな?  幼稚園ではパンツルックが多いからあまりお洒落できないし、初対面の人と会うのだからと、今日は張り切ってタンスから洋服引っ張り出して、お洒落したけれど、変に思われないかな? 緊張しながら待つ事十五分。「あの、すみません」 きた――!  「この駅に行きたいのですが、乗り換えが解らなくて、教えて頂いてもいいですか?」 声を掛けて来たのは、初老の男性だった。まさかこの人がI.Nさん――なワケないか。乗り換え方法聞いているもんね。「はい」 見せられた地図を見て、乗り換えの為に降りる駅を教えると、どうもありがとう、と会釈された。  なんか拍子抜け。 そしてまた緊張感を持って待つ。待つ。待つ。  三十分待った。  でも、彼は現れない。 四十分。  五十分。  一時間…。 その間にLove Seaアプリで何度かメッセージを送ったけれど、返事がない。なにかあったのかな? 午前十時を過ぎたので、I.Nさん

  • 婚活アプリで始まる危険な恋 ~シンデレラは謎深き王に溺愛される~   第2話・会ってみない? その9

     それから暫くは平和に過ごした。羽鳥聖也君のお母さんからの攻撃も無く日々の業務に追われた。私は年長担当なので、そろそろ八月に開催されるお泊り保育の準備や内容をしっかりと落とし込みしなくてはいけない。大体テンプレートどおり大きな予定・行事は決まっているけれど、晴天の場合のメニュー、雨天の場合のメニュー、それぞれを考えておかなくてはいけないし、やることたくさん!  それに加えて今月末からプール授業が始まる。全クラスのローテーションは組み終わっているから、園のプール準備をして、来月は七夕まつりがあるから、配布用の笹や飾り付け、景品の準備などをやる。 おまつりに出店するジュース・お茶などのドリンク販売の店、キャラクターのおめんを販売する店、くじ引きができる店、駄菓子等のお菓子を売る店、的当てやヨーヨー釣り等ができる露店、さくら幼稚園は色々な模擬店で子供たちを楽しませる。近隣住民の小学生も遊びに来てくれて(大体OBか通園の御兄弟が多いけど)お店の準備が結構大変だ。  そのため、年間で大きなイベント毎にお手伝いをしてくれるお母様を募集し、必ず一人一回はどこかのお手伝いを割り当てる。特に大変なのが七夕まつりと運動会。やってくれる人が少なくて、じゃんけんで負けたお母さんが当番に当たる。子供たちと一緒にお店を回ったり、運動会は子供たちの活躍を見たいものね。気持ちはわかる。 そして、来月の七夕まつりはお手伝いに羽鳥恵里菜さんが当番に当たっている。立候補ではなく、じゃんけんに負けたのだ。しぶしぶ仕方なくの当番なので、どんな文句を言われるかわからない。ああ。考えるだけで胃が痛い。 まあでも、今から来月の事を考えて憂鬱な気分にならなくてもいいかな。  今日はI.Nさんから、来週の日曜日にレイクタウンアウトレットの最寄り駅で午前九時に待ち合わせしよう、会えるのが楽しみ、とメッセージが入った。 もうすぐかぁ。いよいよI.Nさんと会うんだなぁ。  どんな人だろうと思っていると、もう一通メッセージが来た。I.Nさんではなさそうだ。このアイコンは…。――こんばんは、Mさん元気? ちょっと仕事合間に連絡してみたよー。最近食欲

  • 婚活アプリで始まる危険な恋 ~シンデレラは謎深き王に溺愛される~   第2話・会ってみない? その8

      ――ジョーダンだよ。ホントは都内。Mさんの旅費、俺に請求すんのかよ(笑)(玄)――こっちだってジョーダンですから(◍•ᴗ•◍)(M)――そっか。それはよかった。じゃ、明日また頑張ろう。嫌なヤツのことは考えるだけMさんの貴重な時間が勿体ない。(玄)――そうですね。玄さん、ありがとうございます。また、メッセージしてもいいですか?(M)――モンペに攻撃されたら、愚痴聞いてやるから連絡しておいで。俺の店に飲みに来てくれるなら大歓迎(玄)――営業うまーい(*´◒`*)(M)――まあね。また今度誘うから。じゃお休み。(玄)――はい、おやすみなさい。(M) 楽しいやり取りをして、Love Seaアプリを閉じた。  玄さんのお陰で、気分が楽になった。  他愛もないやり取りにここまで心が癒されるなんて。  アプリで知り合た人なら、どんなに仕事の愚痴を言っても素性がバレて困ることもないし便利。普段だったら絶対に出来ない。だからこういったアプリの利用が急増しているのかな。 誰でも人には言えない悩みのひとつやふたつ、時にはそれ以上、抱えているもの。  玄さんって、一体どんな人なんだろう。ぶっきらぼうな感じだと思っていたけれど、意外にユーモアある人だった。会ってお喋りしてみたいな。 I.Nさんは、犬のことを話すと嬉しそうにメッセージが返ってくるから犬好きの模様。  ゆうた君とは、最初はアウトドア中心の話に盛り上がったけれど、最近は他愛もないメッセージを送り合っている。友達にメッセージを送る気軽さがあって、見ているテレビ番組の話とか、お笑いの話とか、本当に内容もない話が多いけれど、お互いそれを楽しんでいる。  Takaさんは特に食べ歩きの話が多いかな。まあ、最近Takaさんはお仕事が忙しいみたいだから、メッセージの回数は少ない。一度に長文を送ってくれるから、返信に困るから回数は少ない方が有難いと思っている。  玄さんとは初めて長くやり取りしたけれど、楽しかった。心が疲弊している時だから、余計にそう思っただけかもしれないけれど。

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